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日本サッカーの価値観をどう定義すべきか
Posted: 2024年5月01日(水) 05:12
by writer
日本サッカーの価値観をどう定義すべきか
Re: 日本サッカーの価値観をどう定義すべきか
Posted: 2024年5月01日(水) 05:12
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1つ目は「ネガティブな要素を持ち運ばない、天下の物であって、天下のものでない」
ゴールなんてない、前進あるのみ。目標なんて無い、目指すだけ。言いたい事を言って、不愉快な思いを次の局面に残さない。過去の事はもう変えられない、だから感情的な後悔は役に立たない、未来の事はどうなるか分からない。だから感情的に色々心配しても役に立たない。現在の事に最善を尽くす事には意味がある、感情的に決め付けて深める事で、新しい本質に気付ける、それは役に立つ。これを教訓にして、より良いチーム作りに生かしたい。学びの多い試合だった。マイナスを次に与えない、清々しく終わりたい。チームのために我を
2つ目は「人生を終わりから思い描いて、どんな生き方をしたいか、明確にする」
全ての物を、シンプルかつピュアに。シンプルでなければ無駄な物が入ってしまい、共通点を出せない、一芸は万学に通ずる。ピュアで無ければ、強い探究心が生まれず、知ったかぶり、分かったつもりになり、浅はかな理解で止まってしまう。人間はいずれ弱くなる、だから強さを追求する価値が生まれる、人間はいずれ死んでしまう、だから生命力にこだわる必要が出てくる。人間はいずれダメになる、だから高みを目指す事に味わいが出る。弱くならない人間の強さに価値が生まれない。死んだ後に高く評価される人間に、評価を先延ばし。
3つ目は「その場、その場で、エレガントさを追求する、当意即妙こそ芸術の本質」
未来は何が起きるか分からない、死ぬ前に高く評価された人間は碌な人間になれない。素直さのレベルを上げられれば、もっと高いレベルに行けた。悪い奴と関わるな、女性問題に気を付ける、酒を公で飲み過ぎるな、麻薬関係から離れろ。何かにこだわると、上手くいかない、何かを期待すると、裏切られる、何かの欲望が、本質に迫れなくなる。カッコよく勝とうとする、力みがカッコ悪い。負けない努力、守備力を高め続ける、攻撃は肩透かしが危ない。何かを意識すると、それ以外の大事な事やそれ以上の重要な事が意識できなくなる欲望
4つ目は「人のせいにしない、昔の自分に勝ちたい、正しい闘争心を持ちたい」
理想は自分が一番を取って、2番、3番、4番を指名する事。最低でも自分ら側が1番2番3番を取って、自分が4番を取る事。中身を正しく評価して、人財の取りこぼしを減らしたい、実力に見合った地位を与えて、人財の機能性を下げたくない。無名の人間も幅広く見て、才能の原石を探したい。有能なら見合った役割を担って、活躍度合いを下げたくない。捨てられている人財に光を当てて、魅力を生かせる様な仕事を与えたい。仲間の取りこぼしが多い方もダメになるし、仲間の影響力が低い方もダメになる。外側も内側も美しさを見出す感性
5つ目は「勝つべき人間が勝っている、負けるべき人間が負けている」
悲しみが過ぎれば、暴力になり、苦しみが過ぎればエゴになる、痛みが過ぎれば攻撃になる。みんなに冷たくされたら、みんなの逆側に行く。みんなに悪口を言われたら、みんなの敵側に行く。みんなに批判されたら、みんなに不利益を当てようとする。何もしない人間は舐められる、何もできない人間は虐められる、何も言えない人間は嫌がらせを受ける、何も反応しない人間は攻撃される。安心感に満ちた人間は不安にさせたくなる。現実は厳しい、優しい人間は好かれる。ぼったくれても、ぼったくらない、嘘無く適正利潤で自分を律する