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論語

Posted: 2024年8月28日(水) 05:37
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論語

Re: 論語

Posted: 2024年8月28日(水) 05:38
by writer
巧言令色、鮮なし仁。
言葉巧みに表面上だけ良い格好してとり入ろうとするものは思いやりの心が欠けている。

故きを温めて新しきを知る。
歴史や古典から昔のことを研究し、そこから新しい知を得るということ。温故知新とも呼ばれます。

朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。
志を同じくする友達が遠方より訪ねてきてくれた。なんと楽しいことだろう。予期せぬ友人来訪は喜ばしいといった意味で使われるが、本来は学問をともに志すものはいずれ必ず共に喜びをわかり合える時がくると言いた意味だったようです。

義を見て為ざるは、勇なきなり。
ただしき行いを知りながら、それを行わないものは勇気に欠ける。類語としては見て見ぬ振りをするといったところでしょうか。

十五にして学に志す、三十にして立つ。
15歳で人生の目標を定め、30歳で大成する。この後には「40にして迷わず(四十不惑)」や、「50にして天命を知る(五十致命)」「60にして周りの言うことに耳を傾け(六十耳順)」「70にして自分の思うがままに行動しても人の道を外さなくなった(七十従心)」という言葉も残しています。

これを知る者はこれを好む者に如かず。
ものごとを知っているというものはそれを好きにしているものにおよばない。ものごとの上達には親しむことが大事という意味でしょうか。ちなみにこの言葉には「これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」と続き、ものごとの上達には楽しむことが一番なのかもしれませんね。

徳は孤ならず。必ず隣あり。
徳のある人、徳のある行為は孤立せず、必ず追従者や理解者が現れる


民はこれに由らしむべし。これを知らしむべからず。
民衆は為政者に従わせるべきで、従う理由をわからせるべきではない。
転じて政治を行う者は、民衆を従わせれば良いのであり、その道理を理解させる必要はないという意味。なかなか恐ろしい言葉ですね。

朝に道を聞きては、夕べに死すとも可なり。
朝、人生の心理をわかることができたのなら、夕方に死んでも心残りはない。強い志への思いと、それを成さんと追い求める姿勢が現れている言葉ですね。

未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。
まだ生がなんなのか分からないのに、どうして死を知ることができるのか。
転じて死を考えるよりも、今、生きている間のことを考えることが重要という意味。

過ちて改めざる、是れを過ちと謂う。
過ちを犯したのにも関わらず改めない。これこそが過ちだ。
ありがたい言葉ですが、親鸞は「さるべき業縁のもよおさば、いかなるふるまいもすべし」といっており、スーダラ節では「わかっちゃいるけどやめられない」などと歌われたりもしました。

後世畏るべし。
自分より後に生まれるものははかり知れずおそれなければならない。ちなみにこの言葉にも続きがあり、「焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや」と続きます。つまり若いからといって甘くみてはいけないという戒めですね。

任重くして道遠し。
任された務めは重大であり、行くべき道は遠い。ちなみにこの言葉をもとに徳川家康は「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。」と残しています。

子、怪力乱神を語らず。
これは、孔子の言葉ではなく、孔子をたたえた弟子たちの言葉で、「先生は怪力乱神(理の通らないような現象や事象)を語らなかった」という意味です。つまり、そういった言動には注意せよという戒めですね。